あなたのタップひとつで人を殺せる世の中になりました。
昨年度、自殺した中高生は332人と昭和63年以降、最も最多の人数を記録したそうです。
ねえ、こんな記録更新して嬉しい?
私はすっごく悲しかったよ。
だって、まだまだ生きていればこれから色んな幸せなことが待ち受けていたかもしれない子供たちが今の現実に絶望して、死を選んだもん。
リンクの記事によると、自殺原因の6割を不明としているけど、まあ、不明だよね。
私には、その子たちの状況なんてわからない。人それぞれ、理由も違う、死んだ人間の数だけ死んだ理由もあるんだから、データでは見えない、複雑なストーリーがそこにはあるんだよね。
でもさ、私なりに色々考えてみたの、私のあまりない脳で。
出てきた仮説はSNS。
自分一人だけの力で(お金とか特に)世界に出ていくことができる選択肢がかなり少ない上に、家族、学校、友達という小さい箱から出る選択肢が得られないのにも関わらず、スマホ、pcという、箱を開けると世界は無限にも広がってて、リアルか虚構かわからない、キラキラとヘイトが転がってて、そのキラキラに憧れながらもヘイトと戦う側面も見てて。
発信すると、意見を言うと集団リンチされる姿がタッチひとつで見ることができる世の中に、中高生はどう立ち向かっていけばいいんだろうね?
『SNSで夢を叶えやすく』なった時代は『SNSで人を殺される』時代でもある。そして、逃げるという選択肢を取りづらい中高生は死を選ぶ。
そんなことを、ゆらゆら考えていたら、事件が起こった。
インフルエンサーでもなんでもない一般人の友達があることをキッカケにインフルエンサーに公開処刑を受けた。
個人情報も含まれているから、内容はざっくりにするけど、この公開処刑をうけた友人は人に頼まれて、旅先であった危険な出来事をある媒体を使って発信しました。(実名公開で。)
友人は、危ない目にあったことを発信することで、自分みたいな思いをする人が減ればいいな、と言う思いで発信しただけです。
しかし、その旅先の国でお仕事をしている有名なインフルエンス力のある方(フォロワー1万人以上)がその発信内容をツイッターで公開。
『危なかったのは、環境のせいじゃなくて、自分のリサーチ不足のせいなのに、環境のせいにするとかありえない。嫌な気持ちになった。自分はこの国で危険な目にあったことない。その危険な出来事を武勇伝のように語るのはダサい』
と。
そのツイートはいつものほかのツイートよりもいいねが多くつき、引用リツイートしてる人も。
最終的にはこの友人の元に直接DMが知らない人から届くくらいまでにはこのツイートは拡散されました。
確かに、このツイートしてる人の気持ち、私、わかるのね。
確かに私の大好きなフィリピンが、変に危ない場所って広まったら、悲しいもん。
でもさ、友人がこの国で受けた扱いも事実としてあるわけで。
この友人の発信を手に入れて、安全に旅が出来る人が増えれば、この友人のように準備不足だったら危ない目にあうってことを知ることができるって言うのが、価値になるんじゃないのかな?
インフルエンス力のある人が、ただの一般人の体験談をしかも、『これで危ない思いする人が減ればいいな』という思いで発信したことを、一部分のみを切り取って、悪くいうのは、すごく簡単。
でも叩かれる時によく言われる『人前に出る仕事してるんだから、叩かれるのも当たり前だ。』『賛否両論あるんだから有名人はマイナスな意見も受け止めろ』という謎の大義名分もこの友達には当てはまらない。だって有名人でも、フォロワー沢山いるインフルエンサーでも、人目によく触れる場所にいる人じゃないもん。
でも、『本人に批判DMが届く』くらいまでには予想しないカタチで友人は世に晒されました。
この事実をどう思いますか?
それでね、それでね、これが私が1番言いたいことなんだけど、
公開処刑されたこと以上に、そのツイートにいいねつけてた人のひとりが自分のそばにいる人だった。
この事実に1番友達はショック受けてて。『そう思ってたなら、直接言って欲しかった』って言ってた。そうだよね、隣にいる人が目の前でニコニコしてるのに、自分のこと叩いてるツイートを見えない箱の中でいいね!してるんだもんね、辛いよ。
この友達は自分の好意でやったつもりのことが、予期せぬカタチで拡散されて、『死にたい』ともぼやいていました。
予想でしかないけれど、憶測でしかないけれど、もっと小さい組織、規模かもしれないけど中高生の間でも同じようなことが起きているんじゃないか?
良かれと思ってやったことが、SNSの力で悪い方向に捻じ曲げられてしまい、それに立ち向かう気力がなくなったら死ぬしかないのかな?
そんなん、悲しいよ。